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メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

ブラッド・メリディアン|コーマック・マッカーシー

本のはなし

ブラッド・メリディアン

ブラッド・メリディアン

「判事」の初登場シーンのおそろしさ、禍々しさ、そして鳥肌がたつような魅力にぐらぐらした。全編にわたって、超越者然としていながら、「判事」の容貌や行動についての描写はやたら生々しく、あまりに人間的である。神のような冷徹さと几帳面さで「運命」としての死を他人に与えつづけるシュガーに彼のような生々しさはなかった。

なんにせよ、痛みを感じない者は死なない。他人の痛みを感じない者は、自分の痛みも感じない。それが神だろうが悪魔だろうが超越者だろうが、ただ、そういう奴は決して死なないのだ。

邦訳としては一番新しいものの、出版年でいえば、日本語で手に入るコーマック・マッカーシーの小説のうちではもっとも古い作品である。「平原の町」を除く作品を読んだ上で感じるのは、「運命」や「神」について語る意味では、「ブラッド・メリディアン」と「血と暴力の国」から「ザ・ロード」への流れというのが、一本のラインでつながっているように思える。「馬」「メキシコ」「少年」といったキーワードをたどれば「越境」「すべての美しい馬」へのつながりは見え、主人公の「少年」と三部作の主人公である少年たちの造形を見比べれば、そこにもまたかなりの共通項を見いだすことができる。それでも思想としてはやはりこれは、「血と暴力の国」へと流れる小説なのではないかと思った。
残虐な神と頑な運命線。燃えつづける火のモチーフは「ザ・ロード」で大きく展開する。そんなことをつらつらと考えながらわたしはふと、懐かしい歌を思い出す、光と神様と本当のことしか歌えなくなってしまった彼の歌を思い出す。

祈り、光、続きをもっと聞かせて!

ザ・ロード」で描かれた、その先の世界をわたしはまだまだ見たいし聞きたいと思う。