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メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

かいじゅうたちのいるところ|スパイク・ジョーンズ

キム・ギドクのDVDを2本続けて観て、お酒も入って神経が高ぶった状態でレイトショー。観る前から自分がこの手の話に弱いことはわかっていたけど、予想以上の浸透力と破壊力で、心臓も涙腺もぐらぐらしっぱなしだった。名作絵本としてしられる原作は割合にシンプルな物語。そこに思いきり愛情とさびしさと幼心を吹き込んで、これでもかというくらい膨らませたスパイク・ジョーンズには拍手喝采を送りたい。

両親の離婚により大好きなパパと会えなくなり、仕事で忙しいママには新しい恋人、姉は自分より友人を優先するようになり、孤独といらだちにさいなまれるMAX。厳しくしかられたショックで思わずママの肩に噛みついてしまった彼は、家を飛び出してしまい、小舟に揺られ「かいじゅうたちのいるところ」へ。

かいじゅうたちの住む世界そのものが、MAXの孤独により生まれ成り立っている。想像力というのはいつだって、孤独や満ち足りない気持ちから生まれ、それが強ければ強いほど、また想像の翼は高く飛び上がる。だから、世界観そのものに触れるだけで、もうわたしは泣きそうになってしまう。MAXのさまざまな心のひだが投影された、純粋でひねくれているかいじゅうたち。彼らの遊びがかなり激しく乱暴で、夢中になると舞いあがってしまい、それで誰かが傷ついてしまうことにも気づかない。そういうところもいかにも男の子の思い描く世界らしくて、すごくリアル。ヤギかなんかを武器代わりに投げてるし。そもそもこの映画自体が想像の産物なんだけど、スパイク・ジョーンズだけでなく、原作の映画化を長い間望んでいたトム・ハンクスやその他作品に関わった人みんなの色あせない子どもの部分がめいっぱいに詰め込まれていたのだと思う。

主人公MAXくんのかわいらしさはもちろん、決して親しみやすくはない風貌のかいじゅうたちもどこかいじましさを感じさせ、視覚的にもとても楽しい映画だった。ちなみに劇中一番驚いたのはKWが「友達」を石つぶてで打ち落とす場面である。あの2匹がKWに対し友情を感じてるかはかなり怪しいところだけど、思いやりに満ちているKWにもそういう一方的な部分があるっていうのもいい。あと、わたしの心をとらえて離さない怪優ポール・ダノが声の出演をしていらっしゃいました。次は声だけでなく、スクリーンであのぬめっとしたミレー顔*1を拝見したいです。

*1:彼の容貌がミレーの絵画に描かれる人物のようであることから。他にも「マイセン顔=マイセンの陶磁器のような顔をしている人物=要するにイライジャ・ウッドのこと」等がある。基本的にはまず蔑称として用いられるが、対象に情が移るにつれて愛称となる。