メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

ハート・ロッカー|キャスリン・ピグロー

日曜日に観に行ったところ、「アバター」との賞レースが取りざたされているせいか、この手の作品としては意外なくらいたくさんお客さんが入っていた。明日からはもっと賑わうんだろうな。わたしが観に行っていった日ですら、立見・難民続出だったので、上映館が増えて、みんな快適に鑑賞できますように。


イラク戦争で爆弾処理に従事する米軍チームを描いた作品。戦争映画というのは、特に侵略国や戦勝国の目線に立って描くのが難しいもので、自虐的反戦映画もしくはヒロイックな自己肯定映画のどちらかに安易に分類されてしまい、そのレッテルの中だけで語られ消費されるというもったいないケースが少なくない。侵略、被侵略といった二元的な見方からではなく、ある兵士の目から見た世界そのもの。国単位での勝ち負けでなく、今自分が生きるか死ぬか、今目の前の人間を救えるか否かという非情に小さな視点で展開される「ハート・ロッカー」は、いわゆる戦争映画とは趣の異なる作品だった。そこにある闇は凄く怖くておぞましいのだけど、同時にある種の人間を強く引き込んでもしまう魔力を持っている。個にまで収束したミクロな視点で、どうして人は戦争から逃れられないのかという秘密にすら手が触れるような気もした。

ジェームズ軍曹は彼なりの正義感で動いているのだけれど、それは義憤による自己犠牲であると同時に、他の場所に生きる意味を見いだせない彼のエゴイズムでもある。だから、彼の無謀な行動により救えた命もあると同時に、仲間たちはたびたび危険にさらされる。

ドラッグストアの棚の前で、莫大な種類のシリアルを前に途方に暮れるジェームズの姿は、日常に対する不適合、普通の生活の前ではなすすべもなく立ちすくむしかない彼の姿を浮かび上がらせる。戦場で爆弾と向き合っているぎりぎりの状況より、真夜中のバグダッドを疾走しているときより、あの場面でのジェームズが一番頼りなく、ちっぽけで孤独に見えるのはやりきれない。起爆装置の残骸だけでなく、結婚指輪と息子の写真を「俺を殺しかけたもの」として箱にしまっているジェームズ。爆弾の破片は当然に彼の生物としての生命を奪う。けれど、戦場で命を賭して爆発物に向き合うことだけに生きている実感を頼る彼がもし家族への責任から戦場を離れることを選ぶとすれば、それもまた彼にとっては死を意味するのである。生きるための情熱として自らの命を危険にさらすという強烈な背反分立、どす黒さには、ただただ圧倒されるしかない。

冒頭のエピソードで、アメリカ兵にとってイラクで活動することが、いかなる敵意にさらされいかなる困難に満ちているかということが強烈に端的に示される。その時点で肝の小さいわたしは「こんな怖い映画やだ、こんな緊張感でずっとやられたら死ぬ!」と泣き声を上げかけたが、結局のところ120分そのテンションを維持し続けたのだから、本当にとんでもない映画。ちなみに主演のジェレミー・レナーは、「28週後…」と本作で、すっかり軍人役のイメージだな。