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メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

「笑ってるときが本当なんだと思うよ」

気難しくてわがままで人見知りでどうしようもないくせに、就職して最初に多種多様な人が訪れる窓口に座らされた。数ヶ月経った頃、隣の係の、ちょうどわたしの席がよく見渡せる場所に座っている男性に「もっと笑顔をみせてよ」と言われて、とにかくむっとしたのを覚えている。適当に受け流しながら心の中では「死んだってお前のためなんかに笑ってやるもんか」と毒づいた。同期の男の子にお酒の席で「君は笑うとかわいいのに」と言われたときも、無性に腹が立った。笑うのは苦手で、いつも愛想がないだとか仏頂面だとか言われていた。人間関係で心をすり減らすのは面倒だと思っていろんなことをあきらめていたら、高校生の頃女の先生に「あなたはどうしてそんなに他人に興味がないの?」と言われてちょっとくらいはショックだった。そのくせすべてを見透かす先生からは「おまえは本当に、すぐに感情が顔にでるんだから」と言われて、それはそれで動揺した。

笑うのが嫌いだったし、愛想を振りまいたり人の機嫌をとったりすることも嫌悪していた。普通の顔をしているだけで怒っているんだろうと言われて、その言葉に対して機嫌を損ねてばかりいて、今思えばやはりわがままで未熟だったんだとは思う。でも、ある人に「笑ってて」と言われてから、「君はいつも健やかな顔をしているよね」と言われてから、少しだけわたしは変わったような気がする。もう何年も前のこと。血反吐吐きながらでも、この人のためなら笑っていられると思った、そんな時間は過ぎ去ったけれど、わたしは確かにあのときに変わった。今もひとりでいるといつも難しい顔をしてしまうけれど。知らない人に囲まれたり、緊張したり、一生懸命になったりすると怖い顔をしてしまうのも、治らないけれど。でも、心許した人の前や、笑うことを求められていると思える場では、わたしはいつも笑っている。写真に写るとき、いつもみっともないくらい顔を横に伸ばして笑っている。

「どうして君はいつもそんなにフレッシュなんだい? 何か秘密があるの?」と英語の先生に言われたのは数週間前。そして今日、帰ろうとしていたら別の先生に呼び止められ、「君みたいに印象の違う人はいないよね」と言われた。「え?」と聞き返すと、先生は、「一人で歩いているときは、何にそんなに怒っているんだろうっていうくらい不機嫌な顔をしているのに、一歩教室に入ると途端ににこにこしてるじゃない」と続けた。

「だって、一人のときににこにこしてたら変でしょう」と答えて、更に「この間はスコットに『どうして君はいつもそんなにフレッシュなんだい?』って言われたし、期待に応えなきゃと思って笑ってるんだよ」と付け加えると、御年65歳のN先生は「笑ってるときが本当なんだと思うよ」と呟いて「じゃあね、See you」と去っていった。

笑ってるときが本当なんだと思うよ。午後ずっとその言葉を反芻して、今もそのことばかり考えている。

笑ってるときが、本当なのかな?
そんなふうに、なれたのかな?