メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

家に帰ってちょっと泣いた

毎年この日は寂しい寂しいと書いている気がするけれど、何度繰り返してもわたしはこの寂しさに慣れなくて、同じ建物の中でばらばらになるだけの異動でも今日は名残惜しくて泣きそうでやるせなかった。あまりに寂しくて、でもそのことを口にするのは恥ずかしいから残業しながら係長とも全然おしゃべりできなかった。

暮らすのははじめてではないけれど、東京で仕事をするのははじめてで、がちがちに緊張していた2年前の4月1日。係長と顔を合わせて言葉を交わしたとき、根拠もなく「あ、このひととは上手くやっていける」と思ったことを覚えている。2年間のあいだにもメンバーは入れ替わり、でも皆いい人ばかりで、ひとりだって嫌な人嫌いな人ができなかった。おもしろおかしく過ごしているうちにあっという間に過ぎてしまって、そんなの全部当たり前だと思っていたから、どれだけ自分が周囲に恵まれていたかに気づかなかった。

人事の関係でわたしはもうこの部署に戻ってくることはないだろうし、明日の時点で、この部屋の明るく開放的な空気を担っていた人たちがほとんど出て行ってしまうから、なんにせよ雰囲気は変わってしまう。こうして作っては壊してを繰り返していくんだな、今までもそうだったな、これからもそうなんだよね、とセンチメンタルな気分でおぼろな月を眺めて帰った。

明日の朝辞令をもらったあと、ちゃんと今までのありがとうを言えるのかな。ここに来て最初の上司が係長で本当に良かった助けられた幸せだった。わたしはちょっとくらいは係長の役にたてていたのかなあ。いつも、わたしが男の人じゃないから、気を遣わせて、力仕事なんかもやってもらって、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。前任みたいに男の人だったら、もっと係長はわたしにいろんなことを頼んで、任せて、楽できたんじゃないかなあと思ってばかりいた。次に行くところはまた別の係長とふたりの係で、今のところよりもっと忙しい。そしてわたしの前任者は男の人。体力で劣ることを、いろんな面で気を遣わせてしまうことを、やっぱり引け目に感じてしまうんだろうけど、今よりもう少しでも甘えずにいられればいい。

今回はじめて女性上司の退職を見送った。隣の係の管理職で、定年までほんの数年残っているけれど、親御さんの介護のことなど考えて今回退くことにしたのだという。過酷な環境でずっと仕事を続けて来たのに、とても穏やかで優しくて、身なりもいつも素敵できれいだった。いままでわたしはあまり女性の上司を見たことがなく、退職を見送るのははじめてだった。わたしがその人のことをとても好きで憧れていたこともあってなんだろうけど、退任の挨拶を聞いてはじめて、自分が最後まで仕事を続けるビジョンが見えた気がした。何十年と、いろんなことがあって、それでも続けてきたからこその言葉を聞きながら、自分が年を取ってその場所に立っている光景がふっと見えた気がした。乗り越えて、あきらめず続けたからこそこの場に立って、こんなことが言えるんだろう。辛いことだらけで、もし家庭や子どもでも持とうものなら多分、毎日心が折れそうになるに違いない。でもわたしも彼女のように職業生活をまっとうしたいな。できるかな。