メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

オーケストラ!|ラデュ・ミヘイレアニュ

そもそもはノーマークだった映画。「プレシャス」を観に行ったシネマライズで予告編を観て「これは!」と慌てて帰りの足でbunkamuraへ行ったところが満席。帰宅してインターネットで調べてみると、どうやら上映館が少ないこともあって満席立見続出になっているらしい。そこで、万難を排して翌日初回上映の1時間以上前にシネスイッチに並んだ。あまりにハッピーで素敵で、家に帰ってもずっといろんな場面がくるくる回って、チャイコフスキーのバイオリン協奏曲が頭の中で鳴り続けてしかたないので、今日二度目を観に再度銀座へ。そして今は、更にもう一度観たいななんて考えている。


現実的にはまったくもってありえない話。そもそもいくらブレジネフに嫌われたからといって、天才指揮者と凄腕の演奏家たちが揃いも揃って海外から呼ばれもせずに、掃除夫や運転手やAVのアテレコ担当なんかに身をやつしているわけがない。その彼らが30年ぶりに集まって即席に演奏するなんて夢物語だし、あんな大掛かりな招聘なのに「偽ボリショイ管弦楽団」であることが簡単にはばれないなんてこともありえない。そんな「ありえない話」を描けてしまうのが映画。

共産主義時代に、民族差別の犠牲になった芸術家がいた」というひとつの事実をエッセンスに、思いきり膨らませた笑えて泣ける素敵なおとぎ話、夢物語。ご都合主義で上等、わたしはこういう幸福なファンタジーが大好きで大好きでたまらない。「30年前に舞台を追われた楽団が、偽ボリショイ管弦楽団としてパリのシャトレ座で公演を行う」というストーリーに、フランスの若手ヴァイオリン奏者アンヌ=マリー・ジャケと主人公アンドレイ、そしてヴァイオリン協奏曲の秘密めいた関係が絡み、一度目はそのミステリアスな進行に注意を奪われた。だから、顛末を知った上での二度目の鑑賞は、より細部に、小さな台詞や行動がどんな伏線になっていたか、キャラクターたちのどんな思惑や気持ちが込められているか、しっかり目配りすることができて、一度目よりももっと深く入り込み楽しむことができた。二度とも銀座のシネスイッチで観て、皆声を上げて笑い、シャトレ座の観客と一緒になって演奏に拍手を送る人までいて、劇場の雰囲気が良かったのも幸せだった。

プロの演奏家もかなりの数混ざっていたという「偽ボリショイ管弦楽団」の面々や、公演関係者。出てくる人出てくる人キャラが濃い。その中では常識人であるチェロ奏者のサーシャ。巨漢の救急車運転手である彼の、アンドレイやオーケストラに対する献身と、感情豊かな顔芸(といってもいいくらい!)はとてもキュートで、サーシャを演じる俳優さんにはとても興味を持っている。あと、ロマミュージック好きとしては、ロマのヴァイオリニスト・ヴァシリの存在は嬉しかった。あのロマのおじさんは他でも観たことあるような気がするんだけど。

アンヌ=マリーが、リハーサル会場に現れたロマ軍団に顔をしかめていると、満面の笑みを浮かべたヴァシリがヴァイオリンを弾きはじめる。芸術性のないストリート・ミュージックに明らかな侮蔑の目を向けるアンヌ=マリーは、しかし、ヴァシリがカプリースを弾きはじめると、その技術に表情を変える。あの瞬間と、最後のオケのシーン、バラバラの演奏がふっとひとつになって、皆の表情が変わる瞬間、ああいう奇跡にはどうしたって胸が熱くなってしまう。きっとクラッシック奏者としての王道的キャリアを積んできたアンヌ=マリーは、様々な人生経験を積んだ団員たちとの関わりで、演奏家として幅を広げていくんだろうなーなどと夢が広がってしまう。

わたしは音楽が好きで、音楽が起こす奇跡が好きで、ハッピーなおとぎ話が好き。だから、コーエン兄弟の「オー、ブラザー!」を数限りなく観返し続けるし、この映画もきっとまだまだ何度も観ちゃうんだろう。旧共産圏や社会主義を扱った映画や小説にも弱いので、そういった部分でも、すごくぴったりきちゃったんだと思う。

イングロリアス・バスターズ」でも素敵だったメラニー・ロランは神懸かりのように美しくて、大好きになってしまった。あと、訳でもそこそこ反映はされていたんだけども、ロシア人たちが間違いだらけのフランス語を喋る面白さというのもこの映画の醍醐味のようなので、フランス語が堪能だったらより楽しめるのではないのかな。ついでに、本編と関係ないところで、ガス富豪のママン(老女)が、「お金ならサッカーに使いな! パリ・サンジェルマンなら安いだろう! メッシをとってFWに使うんだよ!」と怒鳴っているシーンがやたら面白かったです。柄の悪いロマが空港職員に「未来を占おうか」と詰め寄るシーンも爆笑でした。