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メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

闇の列車、光の旅|キャリー・ジョージ・フクナガ

映画のはなし

ホンジュラスで暮らす少女サイラは、アメリカから強制送還されてきた父と久々に再会する。一緒にアメリカへ行き、向こうの家族と一緒に暮らそうとの提案に複雑な思いのまま、父と叔父と3人で、グアテマラ、メキシコを超えてアメリカ入国を試みることになる。当然不法入国、資金もない。貨物列車の屋根に乗って、国境警備や警察に見つかれば即強制送還される危険きわまりない旅である。

メキシコの少年カスペルは大規模ギャング組織の構成員で、暴力や、他集団との抗争による殺人に加担する日々を送っている。しかし彼はシマの見張り業務をさぼっては恋人との密会を重ね、ともに行動する新入り・12歳のスマイリーにもそのことを固く口止めしていた。しかし、リーダーに気に入られているカスペルをよく思っていないメンバーによりその秘密がばらされてしまう。

ホンジュラスの少女と、メキシコのギャングの少年。冒頭で代わる代わる挿入されるパートでまったく関わりを持たない、持ちそうにもない彼らが、いったいどこで出会うのか、それともこれはただの群像劇なのか。サイラが見下ろすホンジュラスのおそろしいほど美しい町並みと、メキシコのギャング達の暴力に満ちた虚無的な日常のあいだに関連性はほとんどない。けれど、サイラの乗った列車は、メキシコへ。そして少年と少女は出会うのである。

ほとんど絶望的な旅路の中、失った恋人を想い、自分を慕ってくる純真な少女の情に戸惑う少年。命を救ってくれた少年に全幅の信頼を寄せ、彼以外のものを失ってゆく少女。刹那的な旅路に会話は少なく、静謐な美しさに満ちている。その美しさや旅路ののどかさ賑やかさと背中合わせのところで、移民達は強制送還の恐怖と隣り合わせでいるし、ギャング達は死と背中合わせの日常を送っている。そのコントラストの鮮やかさ含めて素晴らしい。

北を目指す純朴な少女、暴力的な日常に馴染みきれないカスペルと並んで、この映画の3番目の主人公であるのが12歳の少年スマイリー。大人の世界に憧れる子どもの心理そのままに、どれほど危険なことと知ってか知らずかギャングの仲間入りを果たす。怯え震えながら最初の殺人を犯し、「すぐに慣れるさ」という言葉にも顔のこわばりのとれない彼が少しずつ本物のギャングになってゆく姿はおそろしくも妙な魅力に満ちている。同世代の少年達に銃をみせびらかす姿など、本当にただの子どもなのに。こういった中南米少年ギャングについては映画「シティ・オブ・ゴッド」や、ルポ「暴力の子供達」でも詳細に描かれていたが、まさしくブラジルやコロンビアと同じ病巣がメキシコにも巣食っているのだろう。移民、少年ギャング、そういった問題を扱いながらも、家族や恋人を思う気持ちはどこまでも深くあたたかい。本当に美しい映画だった。