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メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

僕のエリ 200歳の少女|トーマス・アルフレッドソン(と、その原作小説『モールス』)

スウェーデン映画については、ベルイマンからロイ・アンダーソンルーカス・ムーディソンなど、強い印象を持つ監督が多い。そのどれもがアートムービー的であるなか「ミレニアム」ではスウェーデンにもこんなエンタメ映画があるんだ、と驚きもした。そんな中、新作映画紹介で見つけた「ぼくのエリ 200歳の少女」というタイトル、その字面だけで心をわしづかみにするには十分だった。なにしろわたしは「ボーイ・ミーツ・ガール」にかなりの執着を持っているし、幻想的な題材も大好きで、何より少年少女のイノセンスに弱い。「虐められている少年が、近所に越してきた少女と心通わせる。しかし彼女はなんと吸血鬼だった!」という、「スウェーディッシュ・ラブストーリー」meets「ポーの一族」的な筋と、金髪の少年&黒髪少女のスチール。これはもう観るしかない! と思っていたところに、その原作は「モールス」という邦題の小説であるのだということを知った。

ちょうど「ぼくのエリ」封切日に、帰省しているわたしは東京にいない。映画を先に見るか、小説を先に読むかで悩んでいたけれど、この封切日から鑑賞日までのブランクにより覚悟を決めて、先に小説「モールス」を読みはじめた。

(以降ネタばれを含みます)


「モールス」を読みはじめたとき、そのぎこちない日本語にリズムを崩され、どうにもペースがつかめなかった。けれど、じきストーリーに引き込まれ、そこから先はライトノベル的な平易な展開もあいまって、一気に読み終えてしまった。確かに、文学的な深みはあまり感じられない。青春物語なのかホラーなのか、誰のどの心情にフォーカスしたいのか、描写としてもとても散漫で「スウェーデンスティーブン・キング」というあおり文句は、少しキングに対して失礼なのではないかと思った。しかし、その欠点を補って余りあるくらい、この小説は魅力的で、はずかしげもなくイノセンスを振りまいていた。

結局のところこれは孤独の物語だった。両親が離婚し、母と二人暮らすオスカルは、学校で虐めにあい、ほとんど友達もいない。200年の孤独の中人の血を貪り生きながらえてきたエリは当然に心通じる相手など持たない。それ以外にも、少年を性愛の対象としながら暴力的な衝動と良心のあいだで苛まれるホーカンや、母の再婚に対しどうしようもない感情を募らせるトンミ、恋人とふたりきりの生活を夢見ながらなかなかそれを実行に移すことができないラッケなど、登場人物のほとんどがどうしようもない寂しさと、周囲との隔絶感を抱えている。

その孤独に対するキーワードのように繰り返されるのは、ヴァンパイアの口にする「入ってもいいって言って」という台詞である。吸血鬼は人の住む家などには、住人の許可を得てから出なければ入ることができない、という伝承が採用され、この作品の吸血鬼たちは、誰かの家や部屋に入るときには、必ず許可を得る。誰かの中に入り込みたいという欲望や、誰かに入ってきて欲しい、わかりあいたいという欲望が物語の中で、すごいエネルギーで渦巻いている。

「モールス」という小説のタイトルも、「ぼくのエリ 200歳の少女」という映画のタイトルも、「Let the right one in」という英語タイトル(原題もスウェーデン語でそのまま)に比べれば、作品の本質からはるかに遠い。そして、小説と映画にも当然ながらずいぶんと異なっている点はある。小説では、ホーカンのバックグラウンドやゾンビ化を詳細に描くことを通して、彼の悲しい性癖と抑圧された欲望が強調される。一方映画において彼にかかる描写は非常にあっさりしたもので、エリに対する情やオスカルへの多少の嫉妬は感じられるものの、ペドフィリアであるホーカンのどろどろとした思いはずいぶん希釈されている。オスカルの父やトンミの懊悩についてはすっぱりと落とされているし、ラッケとヴィルギニアの悲しい愛情についてもかなり削られている。

映画化については当然尺の問題はあるだろうし、小説の視点はやや散漫すぎた。そういった意味で、オスカルとエリの関係性に絞って、ホラーやセックスの要素をかなり思い切って削り、子ども達のイノセンスの話としてきちんと成立させた「ぼくのエリ」は、とても良かったと思う。あのエンディングは、今年観た映画の中で一番美しかったと断言したっていい。作中ある一ヶ所だけ画像修正をかけてあるせいで、あえてのミスリード箇所の回収ができていない点についてはかなり批判もあるようだけど、本質はそんなところにはないのでまあいいかなーと個人的には思ったり。映画は映画として、小説は小説としてとても魅力的で楽しかったので、両方読んで観て良かった。

ちなみに、映像にないシーンで好きなのは、ホーカンが幼い男娼を買って、何もできず彼に金を与えるところ。ホーカンの欲望と良心のせめぎあいが痛々しくて印象的だった。あと、オスカルがKISSのファンなんだけど、実はド派手なビジュアルに憧れているだけで「ベス」以外の曲は全然好きじゃない、という場面は、背伸びする少年の現実といった感じでとても微笑ましかった。そういうところ、子どもの描き方が上手かったな。