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メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

ウッドストックがやってくる!|アン・リー

映画のはなし

「監督主義!」と銘打って、ヒューマントラストシネマ渋谷としてはちょっと珍しい顔ぶれを上映してくれる素敵なキャンペーンの第一弾はアン・リーの新作。タイトル通り、ウッドストック開催を描いた作品で、主人公であるエリオット(実在の人物)が書いた書籍を原作にしているのでまあ、実話ベースということになるのかな。少し驚いたのは、いくら裏方が主人公の作品であるとしても、あのウッドストックを描いた映画でありながら、最初から最後まで一切ステージが映らないし、ドキュメント映像の挿入もないこと。これは潔い。やっぱりドキュメント映像を入れるとどうしても音や映像の存在感で持って行かれてしまう部分が出てくるだろうし、ステージを映すことで壊れてしまうものもあったと思う。あくまでウッドストックという非日常、夢と幻想の3日間を「音楽映画」としてではなく「若者」「家族」「当時のアメリカ社会」など泥臭い部分にスポットを当て外側から描ききったところはとても良かった。

冒頭、エリオットの母が食い入るように眺めるテレビから、ベトナム戦争中東戦争、アポロ13号の月面着陸など、当時の世界情勢を思い出させるニュースが次々流れる。ベトナムからの帰還兵である青年はトラウマから精神を病み、彼らの暮らす田舎町は、観光客もろくろくやってこない寂れてゆくばかりの場所。自由に生きることを望みながらもエリオットは田舎町で借金を抱えがらがらのモーテルを経営する両親を見捨てることができない。誰もが言葉にし得ない閉塞感を抱える中で、ほとんど思いつきと偶然からエリオットは街にウッドストックフェスティバルという大イベントを誘致してしまう。

ヒッピーやドラッグに嫌悪感を抱く保守的な街の人々は反対運動を繰り広げ、エリオットの両親や会場提供を申し出る牧場主はこれを一攫千金のチャンスにしようとする。ちなみにここでがめつく立ち回るのはユダヤ系移民である。「自由」を具現化したものとして現れるのが、元海兵隊員のオカマ・ヴィルマであったり、会場でエリオットにLSDをすすめてくるヒッピーのカップルだったりと、この映画において人物や設定は単純明快な典型に押し込められている。あまりにわかりやすいところにすべてがおさまっているので、深みがないといえばそうなのだけども、逆にそういった描き方をしているからこそ当時のアメリカのカリカチュアとして興味深くもあった。もしかしたら、アメリカ人監督が撮っていたらここまで割り切った戯画化はできていなかったのかも。

わたしが美しいと感じたのは、後半、雨あがりの斜面で泥まみれになりながらぬかるんだ斜面を滑り降りるゲームに興じるエリオットとベトナム戦争帰りの友人ビリー。エミール・ハーシュ演じるビリーはいかにもな繊細さで戦争から帰還後心を病み働くこともできずふらふらと過ごしながらも保守的な田舎町に辟易している。しかしこの場面ではじめてビリーの目が輝く。目の前の人だらけの丘を見て、高校生の頃の美しい思い出を口にする。エリオットとビリーは肩を組んで、おそらくここではじめて自分の生まれ育った場所を美しいと思い、そこにある種の誇らしさや愛情を感じたのではないかと思う。この場面、田舎で生まれ育ち、周囲の閉塞感に鬱々とした経験のある人間(わたしのような)は確実に身につまされるのではないかと思う。この場面と、エミール・ハーシュの演技はぐっときた。キャストではLSDを勧めて来るヒッピー男という微妙なちょい役でポール・ダノが出演していたのにびっくり。久々に見たと思ったらこんな役かい!