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メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

冷たい熱帯魚|園子温

映画のはなし

神楽坂恵演じる妙子がミニスカートのスーツでスーパーマーケットを大股で歩く。怒りといらだちに満ちた乱暴な動作で買い物かごに冷凍食品を投げ込んでゆく姿だけで、「あ、これ面白いんだろうな」と思ってしまう。冒頭でぐっと引きずりこまれ、そこから息つく暇もない面白い映画だった。

埼玉愛犬家殺人事件をベースに、いくつかの実際にあった事件から得たイメージを加えたのだという血みどろの犯罪映画で、コメディすれすれのエンタメで、見ようによっては家族映画。でんでん演じる熱帯魚店社長村田の風貌は関根元とよく似ていた。笑ってしまうほど似ていた。

先日観た「ソーシャル・ネットワーク」ではITベンチャーとそれを利用しようとする現代的な山師たちのやりとりが、仕草で台詞で絶妙に再現されているのに感心した。一方「冷たい熱帯魚」の村田は登場シーンからしていかにも日本の田舎ワンマン零細社長そのもの。馴れ馴れしく図々しいしゃべり方、寒々しいほどハイテンションなだじゃれのはさみ方、豹変から脅しへのタイミングも、なにもかもが完璧。吹越満のいかにも食い物にされそうな小者の演技も、黒沢あすかのクレイジーな演技も堂に入っていたけれど、やはりこの映画をひっぱっていたのはでんでん・村田の存在感だった。

観ている側に休む隙を与えず、衝撃的なシーンを畳みかけてくるジェットコースタームービーでありつつも、社本夫妻のシーンでほんの少しクールダウンさせる緩急も巧み。流れとしては終盤、社本と村田が殴り合いをはじめて以降の疾走感が感動的なほど素晴らしかっただけに、逆に最後の最後がちょっと雑だったかなとも思えたけれど、まあそれは贅沢言いすぎか。

あくまで趣味の話として、ここまでやるなら完全にぶっちぎった話にしちゃうのも潔かったんじゃないのかなという気は少し。意図がどうであるにしろ、結局のところこのめちゃくちゃな話の中心に「父殺し」という伝統的なモチーフが一本筋を通してしまっている。そのモチーフの使い方もラストを除いては非常に典型的だっただけに、こういったまっとうなテーマ性を捨てきれないところが逆にもったいないようにも感じられる。

一方、いかにも日本のチンピラ映画にありがちなステレオタイプの女性像として登場した村田愛子が、話が展開するにつれ加速度的にただのクレイジーな得体の知れないキャラクターになっていったのには、とてもわくわくさせられた。当然その異常なメンタリティに根拠はなく、彼女については何の回収もなされない。被虐や従属への親和性を見せる妙子や、レズビアンチックなお人形として描かれる女子店員たち含め、一見男根主義的な力関係に見せかけて、この映画で男は一貫してわかりやすく単純で、女は一貫して得体のしれない生き物なのだ。このあたりはやはり男性監督のピュアネスということなのかな。興味深い。