読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

ソウル・キッチン|ファティ・アキン

映画のはなし

ハンブルグの郊外でぼろぼろのダイナー「ソウル・キッチン」を営むジノスの日常はしょっぱなからふるわない。店のメニューは冷凍品ばかりで、税金は滞納中。育ちもよく美人でキャリア志向の恋人は、上海に赴任してしまう。そこに、仮出所中の兄が「俺を雇ってくれ」と押し掛けてくるわ、重い食器洗浄機を動かそうとしてぎっくり腰になってしまうわ、次々と不幸に襲われる。しかし、偶然出会ったアル中天才シェフを雇い、兄が盗んできたDJセットで音楽を流しはじめてからは、紆余曲折を経て少しずつ事態は好転。気のいい仲間の集まる気持ち良い店ができたかと思ったところが悪徳不動産屋の魔の手が迫る。

最初のいくつかの場面で、「これドイツ映画だよね?」と台詞に耳を凝らしてしまったのは、主人公ジノスの顔立ちと「カザンザキス」という姓。これは、重いばかりで性能の良くない食器洗浄機を動かそうと奮闘する場面で「こいつ、ギリシャ製だろ」と言われる場面と関連づけられているのか、要するに彼の姓はギリシャ系なのである(余談だけども、ギリシャにニコス・カザンザキスという詩人がいて、彼の作品は「その男ゾルバ」の原作にもなっている)。他にも、整体師の女性や怪しい民間療法でヘルニア治療を行う男はトルコ人、店に集うアラブ人など、ごく自然に多民族国家としてのドイツを描きながらも、エスニックの問題を全面に押し出しはしないところに、作品としての軽やかさを感じた。

ウィットに富んだ会話やめまぐるしいストーリー展開はもちろん、ほぼ全編を通じてジノスが苦しみ続けるぎっくり腰(というか椎間板ヘルニア)がいい味を出している。若者の集うクラブでも留置所でも、ところかまわず痛みをこらえきれずジノスが腰痛体操をはじめてしまうと、ふっと空気が緩む。天才シェフ・シェインのナイフ投げや、店に居候する老人「ソクラテス」の存在とともに、いくつもの定型をくどくならない程度に挿入していくリズム感がとても気持ちよい。気持ちよいといえば音楽もそうで、全編にわたって流れ続ける音楽は、スタンダードナンバーからクラブミュージックまで幅広く楽しむことができた。

芸術性が高いわけでもないし、ハリウッドで大枚投じた映画のような娯楽性があるわけでもない。でも、こういう映画にこそ、なんかいいもの観た、観て得した、と心から思えてしまう。ただ単純に楽しくて、気持ちよくなって、ちょっとほろっとして、そこには作品を読み解く楽しみとはまったく別次元の、もっとプリミティブな映画の素晴らしさが詰まっている。