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メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

ダークナイト・ライジング|クリストファー・ノーラン

映画のはなし

こういうテーマの作品をシリーズ化して、クオリティと緊張感、一貫性を保ったまま続けるのはやはり3本が限界なんだろうな。惰性にならないぎりぎりのところできれいにまとめあげられていて、3部作として観たときにすごくきれいな映画になっていると思った。有名な原作の映画化って、二次創作に似たところがあって、ある設定を借りたり弄ったりしながらどこまで遊べるかという部分でも、どこに制作者の個性があるかがオリジナル作品以上にわかりやすくて、やっぱり楽しい。

トリロジーをきっちりした構成で作ろうとすると、第1作ではさまざまな設定や世界観の説明が必要で、第3作では伏線を回収してきれいにオチつけてという風呂敷畳み作業が必要なわけで、全体としては大きな流れの中で動かしているとはいえ、やはり一番自由自在に作れるのは真ん中の2作目なんだと思う。そういう意味で、この最終作を観ていて感じる高揚感みたいなものを、まだ風呂敷を広げる段階であった前作と比較するのはちょっと苦しいのかな。トリロジーとしての流れの中で、最後に出てくる敵役が彼らであることは必然なんだけど、ここ最近のノーラン作品『ダークナイト』『インセプション』が、娯楽アクションでありながら、すごく品のある作品だったことを思うと、どうしても見劣りはする。敵役のやっていることも、その目的もけっこう安易で、全体として回収回収になっちゃっている部分もあった。

とはいえ、最終作だからこその特権を存分に生かしていたのも確かで、後のこと考えずに、設定もキャラクターも思う存分動かして、つぶして、限界までやっちゃえるのは最後ならでは。あの派手なドンパチも、笑っちゃうくらい壮大な展開も、これだけ広げて一気に全部まとめて畳んでしまえたことを思えば、やっぱりうまいなーと感心する他ない。

主に、三人の高齢者を観るのが楽しみで追いかけてきたノーラン版バットマン(※マイケル・ケインモーガン・フリーマンゲイリー・オールドマン)だけども、今回はジョゼフ・ゴードン=レヴィット君も期待を裏切らない活躍と、最後にニヤッとするほかないオチを見せてくれたのでとても楽しかった。アン・ハサウェイは多分『レイチェルの結婚』以来なんだけど、体も絞った感じで、身のこなしのしなやかさ含め、今まで観た彼女の中で一番素敵できれいだった。

アメコミ諸作品原作もののリメイク流行(しかも重めシリアスめな作風で)を引き起こしたという意味でも、影響力のあったシリーズが終わってしまうのは寂しいけど、次のノーラン作品も楽しみです。