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メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

隔てるか、飲みこむか

終了まであと一週間というところで、なんとか時間を作ってフランシス・ベーコン展へ出かけた。混み合っていると聞いていたので、朝一番に。できれば絵は、少し引いたところから全体を眺めたい。

印象深いのは「ガラス」についての注意事項が何度も繰り返されたこと。ベーコンは基本的に、自分の絵は金縁とガラスの額縁に入れた。ガラスにより見る人と作品を隔てることを好んだ。だから、作品によっては反射や映り込みで見づらいけど、作家の意図通りに展示した結果だからがまんしてね、という趣旨の注意書きに何度も出会う。確かに、大きく黒っぽい絵だと特に、絵を覗き込むわたしの姿がくっきりと、作品の中に映り込む。額縁のガラスによる反射はこの展覧会に限ったものではなく、それをわずらわしいと思うこともある。今日は、あえて「ガラス」について注意事項が掲示されていることで、普段以上にその存在を意識してしまったのは間違いない。ガラスへの自らの映り込みにいらだつのではなく、奇妙な、興味深い体験だと感じた。

はたして美術館のあり方、見せ方がこの数十年で変わったのか。こういった映り込みまで勘案した上で、ベーコンはガラスにこだわったのか、わたしは残念ながら知識を持たない。けれど、今回の展覧会については少なくとも、ガラスは見る人間と作品のあいだに距離を作るどころか、その距離を(もしかしたらゼロまで)縮めてしまっているんじゃないか。

「見る人間と作品を隔てるため」に置かれたガラスは、今日のわたしを絵の中に取り込み、飲み込む。大きな黒い絵、檻状の何かの中で叫ぶ男の姿にぼんやりと立つわたしの姿が重なる。自分も絵の中に、あの檻のようなもののなかに閉じ込められてしまったかのような錯覚に陥る。そういう感覚。