メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

南の番い虫

DSC_2364

アメリカ合衆国南東部の、それはもう美しい街で、夏の終りの5日間を過ごした。

そこは、豊かに繁る草原を由来として名づけられた土地。開拓時代のヨーロッパ風の街並が残り、南北戦争そして黒人たちが市民権を得るため戦った傷跡が残る街。今はアートとデザインを学ぶ学生たちであふれる街。「亀横断危険」の標識のある街。


空港へ迎えに来てくれた友人の車がやけに汚れているのに気づいた。鳥のふんのような、けれど鳥のふんにしては小さな白い染みがぽつぽつと、黒いピカピカのレンタカーにこびりついている。そのときは理由など気にしなかった。

荷物を置いて、ダウンタウンへ昼食を食べに出かける。オープンテラスでサンドウィッチを食べているあいだ、黒い虫がやたらやってくる。黒くて細長い、体の真ん中あたりがきゅっとくびれた変な虫。いや、よく見ると違う。くびれているのではない、2匹の虫のおしりがくっついて、1匹のくびれた虫のように見えていたのだ。交尾しているのか、と、そのときも深く考えなかった。

DSC_2370

オーガニックの石鹸を売っているという店に行き、商品を物色していると、さらに大量の虫がやってきた。そこでようやくおかしなことに気づく。

「ねえ、これほとんど全部、番ってる」

その虫はどれも2匹ペアで、おしりをくっつけた状態でいる。当然のように大きい個体が力も強いので、小さい虫はさかさまにひきずられ、苦しそうに見える。このあたりでは今の時期、大量発生しているようだ。

「一回交尾したら、とれなくなっちゃうのかな」「とれたら、死ぬのかも」
「メスがオスに引きずられてかわいそう」「大きい方がオスとは限らないよ」「そうだね」
「なんか、たまーに1匹だけで歩いているのを見ると、逆に可哀想になっちゃうね」

わたしはそれを「番い虫」と呼びはじめ、夜、ネットに適当なワードを入れて正式名称を探してみたが見つからない。正体がわからないので、ますます興味が湧いて、どうしようもなくなる。

翌朝、車の汚れがすべて「番い虫」だと気づいた。走る車にぱちぱちと音をたててぶつかる「番い虫」やその白い体液が車を汚すのだ。道行く車も、どんな高級で手入れされた車さえも、「番い虫」で汚れている。

DSC_2432

ぱちぱちと窓ガラスに虫が衝突する音を聴きながら、友人とわたしはその日、近所の自然保護区へ出かけた。保護区内は広大な草原や湿地で、車で走ることができる。トレッキングもできるようだが、あまりに暑く日を遮る場所もないので、わたしたちはドライブしては、ときどき車を止めて散歩したり写真を撮ったりした。

ちょっとした薮のような小道を散歩していると、近隣の写真家の団体が作った観察小屋を見つけた。木でできた小さな小屋には沢山スライド式の覗き窓がついていて、野生動物の出現を狙って長時間ねばることができるようになっていた。しかしその小屋の中も、「番い虫」だらけだった。「番い虫」は蚊のように刺しはしない。しかしとにかく多いし、たかってくるのでたまらない。
小屋にはわたしと友人の他に、姉妹とおぼしきアメリカ人女性2人と犬がいた。小屋を出て、歩き出すと、友人が言った。

「あの人たち。『lovebug』て呼んでたよ」

おかしな虫の正体を知る手がかりをつかみ、わたしははしゃいだ。lovebugといういかにもな呼び名に、まさか正式名称ではあるまいと思っていたので、その晩wikipediaに「lovebug」の項目を見つけたときには驚いた。中央〜東の、南部沿岸にしかいない虫。ときに車の故障原因になってしまうくらい厄介な虫だとのこと。

IMG_0604

鬱陶しいけど、なんだか気になる。わたしはそれからも呆れられても飽きずlovebugを観察し写真を撮り続けた。限られた場所に、限られた時期にだけ現れるあのおかしな虫。もう二度と会えないのかもしれない。

(9/17追記)
lovebugについて詳しく書いているページを見つけました。なんと、友人の見立て通り、大きい方がメスだった!
http://entnemdept.ufl.edu/creatures/misc/lovebug.htm