メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

「昇竜拳」の思い出

わたしが通っていた高校は、地方のマンモス私立。都会育ちの人にはぴんとこないかもしれないけれど、たいてい田舎では、私立高校は公立高校の入試に受からない生徒の受け皿的な位置にある。

マンモス私立にありがちなことして、とにかく多彩な科・コースを揃えていたので、中には物好きが、あえて公立校ではなく、「進学コース」を選んでやってくることもある。わたしもそんな1人で、当時一学年が20〜30名(なので、ひとクラス10名程度)。他のコースとは校舎も行事も切り離された分校のような環境で3年間を過ごした。他のコースはほとんど大学受験をしないので、卒業式もまだまだ国公立大の受験が行われている最中にセットされる。わたしたちのコース自体が卒業式に出ないことが不文律とされていたので、早々に受験を終えていたわたしは、自分の通う高校の卒業式をニュースで知った。

切り離されたわたしたちも、体育祭やマラソン大会といった幾つかの行事に限って他のコースと一緒に参加した。そして、そういった機会に全校で集まるとき、わたしたちは必ず「自動車整備科」の隣に並ぶこととされていた。自動車整備科というのはその名のとおり「自動車整備士」を目指すコースで、中学校卒業時点で「将来は自動車整備をするんだ」と決めていることから想像されるとおり、やんちゃな男の子のみで構成されているといってよかった。当時流行っていた、ズボンをずりさげて、トランクスを履いたお尻を丸出しにする妙なファッションで、髪の毛を妙なかたちに固めて、だらだら動き喋る彼らは、正直奇異だった。

中でも目立っていたのが「昇竜拳」とわたしたちがひそかに呼んでいる男子生徒だった。とにかくひときわだらだらしていて、私語が多くて、幼稚だった。なぜ彼にそんな渾名をつけたのかというと、ひんぱんに同じコースの友人相手に「しょうりゅうけーん」と言いながらゲームに出てくる必殺技を浴びせるジェスチャーを行っていたからだ。彼はそんなことばかりやっていた。まるで小学生男子のようだった。

ある日、校長が話している最中に「昇竜拳」が前に並んでいる男子生徒に話しかけた。自動車整備科には(おそらくやんちゃな生徒が多いことを見越して)筋骨隆々の、the体育教師(でも実際は彼が体育の先生なのかは知らない)といった風情の男性が担任にあてられていた。「昇竜拳」が喋っているのを見つけると、ジャージ姿の担任が大股で歩み寄り、いきなりげんこつを振るった。
「ひとが話してるときは、喋るなっつったやろうが」
ごつっ、と鈍い音がした。「昇竜拳」は頭を押さえた。

担任が立ち去ると、「昇竜拳」は自分を殴った相手をにらみつけるわけでもなく、ののしるわけでもなく、まず頭をさすった。「あー、いてー、いてー」と呻いた。それから首を傾げ、独り言なのか友人に問いかけているのかわからない小さな声でつぶやいた。
「すげー。あいつのげんこつなんでこんなに痛いんやろうか。すげえなあ、なんか秘密でもあるんやろうか」

まったく反抗的ではなく、むしろ「人並みはずれて痛いげんこつ」に感動しているかのような彼の反応がおかしくて、わたしも友人も笑いをこらえるので必死だった。いや、笑いをこらえる一方では、彼の素直さを尊敬した。何かとそんな感じだったので、幼稚でうるさいんだけども妙に素直な「昇竜拳」を見ることは、分校暮らしのわたしたちにとって、ちょっとした楽しみですらあった。

今もときどき思い出す。34歳の「昇竜拳」はどこで何をしているんだろう。
いいパパになっていそうな気がする。