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メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

新しい宗教が生まれるところ

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慢性的な肩こりと腰痛に悩まされていた時期に、あるマッサージ師を紹介された。紹介してくれた人も、もともとは別の友人に誘われて通い始めたのだという。マッサージなどつてを頼らずとも施療院は巷にあふれているわけで、行ってみようと思った理由は何より「安かった」から。2,000円で良いのだという。

連れて行かれた先は、丘陵を開発したいかにも昭和的な「団地」の一角にある普通の木造住宅だった。引き戸の玄関を開けると「いらっしゃい」と、愛嬌のある中年女性が出てきた。親戚の家に遊びに行ったような感じ。持参していた手土産を渡すと「あらあら悪いわね」と受け取り、お茶を出してくれた。

客間と仏間の間の障子を外した12畳ほどの部屋が待合室兼施術室だった。見知らぬお宅の仏壇の前に敷いた布団に横たわり、マッサージを受けるというのも不思議な気分だけれど、腕は普通(足つぼマッサージを始め、いくつかの民間資格を持っているようだった)だし、何より低料金で丁寧に2時間近く揉んでくれた。ときおり、凝りのひどい場所を見つけると「黙って我慢して気を遣う人が、こういうところ弱いのよ」「胃腸が弱いんじゃないの」などと、わたしの心身の状態に言及した。

数ヶ月後に、再びそのおばちゃんマッサージ師のもとを訪れた。安くて丁寧なので、口コミで評判が広がり少しずつ予約が取りづらくなってきたらしい。仏壇の脇には、盆正月でもないのに中元歳暮のような箱に入った贈り物がいくつか置いてあった。

「神様の声が聞こえるのよ」

そう言われたのは、二度目に訪問したその日だったと思う。おばちゃんマッサージ師は《ずいぶん前から》《神様の声が聞こえるようになり》《未来のことがわかる》のだという。あ、これはダメかも、と思った。「神様の声」について、おばちゃんマッサージ師は話を続ける。わたしは肯定も否定もできず、黙って目を閉じてマッサージを受け続けた。

帰り道、知人に思わず「宗教ってああいうところから生まれるんだろうな、って思うよ」と零した。

「神様の声」の話が引っかかって、おばちゃんマッサージ師のところへ行こうという気は薄れた。しかし「オカルトっぽくて嫌だ」とはなかなか言いづらく、知人に誘われ三たびそこを訪れたとき、仏間の貢物はさらに増え、積み上がるほどだった。二度目の来訪からは半年ほど経っていたが、最近では予約を取るのも難しい盛況ぶりなのだという。

マッサージのついでに、と足湯を勧められた。足を入れてしばらく経つと透明だったお湯が茶色っぽく濁る。「体の中の毒が出ているのよ。デトックス」と、彼女は言った。わたしはイオンデトックスについて読んだことがあったので、その実体験という意味で興味深くはあったけれども、マッサージ師への残念な気持ちはより高まった。

彼女はその日も「神様の声」の話をした。おばちゃんマッサージ師には2人の子がいて、1人は彼女の聞く「神様の声」を信じている。健康上もまったく問題のない、良い子であるらしい。もう1人について「あの子は神様の声を信じていない」と、おばちゃんは言った。「だから、アレルギーで体調が悪く、肌もぼろぼろなのよ」と、1人目のお子さんの話をするのとは打って変わって憎々しげに続けるのを聞いて、とても嫌な気持ちになった。それから二度とおばちゃんマッサージ師の家を訪ねてはいない。

あれから10年ほど経って、先日知人から、そのおばちゃんマッサージ師が宗教法人を立ち上げたのだと聞いた。