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メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

「The Particular Sadness of Carrot Cake」

少し前に、仕事で近くに行ったので、麻布十番の「ハドソン・マーケット・ベイカーズ」に寄った。ずっと気になっていたアメリカンケーキのお店で、行ってみると様々なケーキやクッキーの他に、トルコ菓子をアレンジしたもの(蜜に浸したケーキ!)などもあり、目移りしてたいへんだった。

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そのときは、キャロットケーキ、コーンブレッド、ジンジャーケーキの3点を買って帰ったのだけども、このキャロットケーキがとりわけ美味しかった。
以前はあまり得意でなかったのに、気づけばざっくりこってり、ラフで甘みの強い焼き菓子が好きになっていた。べとべとに甘いアイシング、最高。特にキャロットケーキは大好きなのだけども、意外と置いているお店が少ないので今回の出会いは貴重(九段下のファクトリーも、キャロットケーキが美味しいです)。

ニンジンは嫌いだけど、子どもの頃母がよく作ってくれた、シナモンたっぷりざくざくのキャロットケーキは大好きだった。幼い頃は、料理好きの母は、さまざまなケーキやパイ(チキンクリームパイとミートパイは最高だった!)を作ってくれていたけれど、摂取カロリーを気にする年頃以降、それらの出番は減り、引っ越しを繰り返すうちに手書きのレシピノートも失われてしまった。
同じく料理上手だった祖母が痴呆で料理を作れなくなったとき、鶏ごはんも、絶品の手作り羊羹も、焼き餅もまんじゅうも、何もかも受け継いでいなかったことに愕然とした。大好きだった料理の数々を、今ではもう二度と食べることができないのだ。もっとも祖母の料理は数十人から下手すると三桁の客人を相手にする田舎のもてなし料理なので、レシピなどないし、量の目安も「醤油、ひしゃく3杯」など、一般の家庭料理には応用しづらいものばかりだったのだけども。

味覚が思い出と、ノスタルジーと深く結びついていることに気づくのは、大人になってずいぶん経ってから。気づいたころには既に手遅れという場合はとても多くて、だからこそ失われた味への恋しさは増していくばかりなのだろう。