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メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

山本直樹『レッド』、結末を知る物語と解けることない「なぜ」

山本直樹『レッド』を一気に読んだ。

連合赤軍を題材にとる、限りなく事実に即した「フィクション」漫画。そもそもの事件自体の凄まじさは当然ながら、漫画としての濃度にすっかり打ちのめされている。 

レッド 1969?1972(1)

レッド 1969?1972(1)

 

巨大な鉄球で建物を破壊しようとする「あさま山荘」の映像は、当時生まれていなかったわたしにとってもテレビ番組等で見慣れたものである。しかしあの事件自体は積極的なテロ行為ではなく、敗走中の面々が追い詰められた挙句人質をとって籠城したに過ぎない。連合赤軍を巡る一連の流れを知った後で関心を持つのはもっぱら山岳ベースで行われた12名の同士殺害*1事件だったりする。

漫画『レッド』は全8巻で一応完結しているものの、内容的には続編『レッド 最後の60日そしてあさま山荘へ』へ地続きとなっている。『レッド』は、運動の暴力化による逮捕者続出や一般市民からの支持低下により新左翼団体「左派連合(=革命左派)」と「赤色軍(=赤軍派)」が追い詰められ先鋭的になってゆく過程、そして2つの組織が山岳アジトで統合した後、総括という名のリンチによる最初の死者を出す(1971年12月31日)までが描かれている。真の地獄はここからで、1972年に入ってわずか1ヶ月あまりで更に11人が「敗北死」又は「死刑」で命を落とすため、『~最後の60日~』の1巻では当初見られた学生サークル的な長閑さは完全に姿を消し、捲っても捲っても殴打と死。「共産主義化のための支援」として女性メンバーに自分の顔を殴らせた上で腫れあがった顔を「醜くなった」と鏡で見せる、髪の毛を丸刈りにする、といった暴力には目を背けたくなる。

誰より総括が必要だった「北」こと森恒夫は十分に語らなかったし、「敗北死」「死刑」で亡くなった人々の心情は知りようがない。けれど「赤城(=永田)」「谷川(=坂口)」「志賀(=坂東)」「岩木(=植垣)」といった当事者が詳細な手記を残しており、漫画はこれらを中心に事実や証言を精査して描いている。凄惨な事件の実録では書き手の思想が透けて見えてしまうことが多く、昨年末まとめて読んだオウム真理教関連の書籍は、それぞれ多分に執筆者の思いや立場を反映したものだった。もちろんそれが悪いことだとは思わないけれども、抑制的すぎるほど客観的に当事者たちの行動と心の動きを綴り続けるからこそ、『レッド』は改めてこの事件の奥深さ、単一の解釈に落とし込めない得体の知れなさを浮かび上がらせている*2

山岳ベース事件に先立って起こった印旛沼事件はまだ理解できる。被害者2名はいずれも組織からの脱走者で、彼らの証言により警察にアジトが知られる可能性があった。幹部が集結している山岳を潰されれば「革命連合」は壊滅するのだから、この殺人にはまだ組織防衛という大義名分を認めなくもない。しかし、そもそも共に外部に向けて「殲滅作戦*3」を戦うことを目的として連合を組んだ組織が、突如内向きな「革命戦士たるための総括」に執心して自滅に向かったのはなぜか、何がきっかけなのか。よく言われるように、統合後の両派の主導権争いに重なる形で「北」と「赤城」が化学反応を起こしたというのは理由のひとつなのだろうが、立場的にこの2人を止められたはずのメンバーすらほとんど抗わず殴り殴られた。類似点が指摘されるオウム真理教による一連の事件では、脱走者の口封じを目的とした殺人もあったものの、基本的に攻撃対象は「教団を潰そうとする外部」であり続けたのだから、組織としてはよっぽど真っ当な動きをしているように見える。

淡々とときに冗長なほど丁寧に若者たちの足跡をたどる9冊を読み終えるのに、普段同じ分量の漫画を読むのにかける数倍の時間を費やした。多すぎる登場人物を整理するために、現実の事件と照らし合わせるために、たびたび立ち止まった。いかにも成人漫画的な繊細な描線のイメージがあった山本直樹の絵は力強く変化し、ひとりひとりの登場人物がページからくっきり立ち上がってくる。

わたしは彼らの物語がどのような結末を迎えるのかを知っている。

知っているにも関わらず、結末を知らない話を読むとき以上に心臓をきりきりさせ、続きを待つ。最後まで読んだところでどうせ肝心なところはわからないままなのに。

(相も変わらず折に触れて暴力を読みたがるわたしは、今もこうして、人を殴る彼らを「理解できない」自分を確認しようとしているのかもしれない。でも実際のところ、山岳ベースを生き残った誰も、山岳ベースで死んでいった誰も、「なぜ」なんて理解できていないんだろう。)

*1:法的には一部傷害致死認定されているが、殴って寒中に放置し死に至らしめたことに違いはない。

*2:もちろん漫画というその表現形態そのもの、コマ割りや人物の表情自体がなんらかの解釈であるということには留意すべきだと思うけれど、それでも本作では可能な限りの解釈の排除はなされていると思う。

*3:銃で武装して警官を殺害する作戦。とはいえ末端の警官を殺すことがどう革命に資するのかはまったく理解できないし、その銃砲により市民が目覚め自分たちに同調するという思いこみもまた、荒唐無稽としか思えない。