メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

「いっそ犯罪ならば」

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このたび一周忌を迎えた父の死因は肺がんだった。長年のヘビースモーカーで、死の数年前に禁煙に成功したところだったが、いざやめるとなると特段の禁断症状もなかったようで「もっとはやくやめればよかった」と呟いていた。彼の肺がんは非喫煙者にも多く発生するタイプだったので、原因が喫煙習慣にあったのかは謎のままだ。

振り返ると、酒をめぐって飲酒運転の厳罰化くらいしか思い当たらない一方で、わたしの物心がついて以降30年間程度でタバコをめぐる環境は大きく変わった。昔は飲食店どころか公共交通機関にもあたりまえのように灰皿があったし(バスに乗ると目の前の座席の背もたれに、ジャコっと引き出すタイプの灰皿がついていた)、役所や民間企業の窓口でタバコを吸っている光景も珍しくなかった。職員室から灰皿が消えたのはいつだったろうか。

本や映画に触れているとタバコを美しく吸う男女が出てくる。ロックミュージシャンだって格好良くタバコをくゆらせるものだから、自分は吸わなくとも喫煙者への違和感や嫌悪感は特になかった。隣でタバコを吸われることへの抵抗もなかった。

しかし世は変わるもので、職場の喫煙所も縮小され(勤務先のビル全体で、喫煙所は一箇所、しかも露天という疎外され様である)、飲食店での禁煙分煙が進んだ結果、「タバコの臭い」に接する機会がなくなってしまった。免疫がなくなった分、ごくたまにタバコの煙が流れてきたときに、臭いというか苦しい。ひどい場合は飲食店で隣のテーブルから流れてくる煙を吸っただけで喉を痛めてしまう。画面や写真の美しい喫煙者には今も見惚れるけど、わたしは彼らの隣にいることには今や耐えられそうにない。

近年、売られているタバコへの危険表示はすさまじいもので、たまに箱を見るとあまりにも直接的にその毒性について煽るコピーに、「嗜好品として販売されているものに、ここまで書くか」と驚かされる。オーストラリアでは数年前に肺がんのグロテスクな画像をタバコのパッケージに載せるとか載せないとか騒いでいたが、あれはその後どうなったか。

以前、愛煙者の同僚がタバコの箱を凝視しながら寂しそうにつぶやいた。

「金払って買ってるのにこの言われよう。いっそ犯罪にしてくれればやめられるのに」