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メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

Blurとは添い遂げたいと思っている

音楽のはなし

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写真は昨年の7月、ロンドンのO2アリーナ前で広告看板を写したもの。1960年代以降各年の英国音楽における主要な出来事が、熱狂する人々の写真とともに記されている。駅からアリーナまで、歩道脇のこの看板を眺めながら歩くだけで英ロック&ポップス界数十年の歴史を辿ることができた。

ほとんどの年が「その年のヒットチューン」「その年に再結成した大物バンド」で占められている中、この一箇所は異質だった。

1995 Blur v Oasis

当時田舎の高校生だったわたしの元にまで、この熱狂はほんのりと伝わってきていた。1996年にイングランドの姉妹校の男子生徒が作ってくれたミックステープには、BlurのGirls and Boys、OASISのWonderwall、RadioheadのLucky、Me & MyのDub-I-Dub、Spice GirlsWannabeなどが詰め込まれていたことを今も覚えている。

わたしはいわゆるブリットポップ勢の中ではRadioheadが好きだった(今に至るまでずっと好き)。しかしこの「頂上決戦」についてはOASIS派だった。The Stone Rosesの後追いファンでブリティッシュビートの幾つかのバンドも好きだったわたしには、OASISの音の方がとっつきやすかったというのが第一の理由だった。

それだけではない。

当時田舎のロック好き高校生のあいだには、なんとなくBlurを評価しづらい空気があったように記憶している。ロンドンのアートカレッジで出会ったオシャレな若者が作るポップな音楽、なんか、軽薄。そんなのロックじゃない。一方で、マンチェスターの元不良少年で、口が悪くてパッとしない外見で、眉毛が立派な兄弟、うん、なんかロック。

Blurを褒めるのはクールじゃない、という呪いは案外長いことわたしを縛った。世の中的には97年くらいから潮目が変わっていたし、実はアルバムは欠かさず聞いていたにも関わらず、わたしはBlurいいじゃんと言えないまま大人になってしまった。

わたしは、デーモンとグレアムの不和と和解や、彼らが駆け抜けた90年代を物語として消化できるようになってはじめて、Blurの音楽をちゃんと聴き直したのだと思う。

昨年1月、はじめて生でBlurを観た。武道館で、ちょっと頭髪が薄くなったりちょっとお腹が出たりした4人はとても素敵で、おっさんになったデーモンのオーラは20年前より増しているように見えた。そして、先週末、ハイドパークで英国の観客の猛烈なシンガロングの中で観るBlurは、新譜の曲で会場を大いに沸かせ、彼らが懐メロバンドではなく今を生きるポップスターであることを思い知らせてくれた。

20年間ずっと好きでいるバンドには思い出も愛情もある。一方で、あの頃の青臭い反発心があったからこそ、Blurに対してわたしは今、青春を共にしたバンドであるという思いを強く持つようになったのだろう。

95年のシングル対決に敗れたノエル・ギャラガーは、「デーモンとアレックスはエイズにでもかかって死ねばいい」と発言し、大バッシングを受けた後に「デーモンとアレックスには長生きして欲しい」と謝罪した。

デーモンとアレックスとはいわず、グレアムもデイブも長生きしていただきたい。ポール・マッカートニーを迎えるファンのように、将来60歳のわたしが武道館へ70代のBlurを観に行く。息ぎれしながら「Parklife」や「Song2」で暴れ、「Girls and Boys」で踊り、「Tender」で「おーまいべいべー」をシンガロングするのだ。