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メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

牛のいる生活

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わたしの親の実家近辺では、多くの家庭が専業兼業問わず農業を営んでいるが、中には小規模な畜産を行っている家もある。

祖父母の隣の家では、わたしが子どもだった昔から常時数匹の肉牛を育てていたので、子牛が生まれたと聞くと見に行ったり、世話を手伝ったりするのは楽しみだった。しかし牛は温厚ながらも、やはり体が大きく力の強い動物なので、危険がないわけではない。隣のおじいさんは一度、牛の出荷の際トラックの荷台から蹴落とされ、肋骨を折った。

そこでは牛のことを「ぼいぼい」と呼んでいた。

例えばわたしが牛の子を見たがると、大人は「あーちゃんは、ぼいぼいが好きか」と声をかけてくるのである。祖父母はわたしと話すときにはそれなりに気を使って、よそ行きの言葉を使う努力をしていたような気はするが、ほんの車で一時間も離れていない距離なのに自分とまったく異なる語彙を持つ親類や近所の人と話すのは面白かった。小学生の頃は「方言辞書」を作って遊んだ記憶もある。

「ぼいぼい」

子どもの頃は深く考えなかったが、牛の鳴き声が「ぼーい、ぼーい」と聞こえることに由来するのだろう。

また、祖母は子どもに四つん這いのポーズ(四つん這いになって尻を見せる格好。大人はおおっぴらにやらないはずだが、かつての子どもは「ギョウ虫検査」や「座薬挿入」に大人の手を借りるため、しばしばこの屈辱的なポーズを取らされた)をさせるとき、決まってこう言った。

「はい、もーんして」

祖母の娘であるからには、母も同じ表現を使った。なので、わたしもそれが普通の表現なのだと思って、「もーんして」と言われるとおとなしく言われたポーズを取っていた。

もちろん小学校高学年あたりからは「もーん」を必要とする状況は、まず生じなくなった。そしてわたしはその単語すら忘れ、ときは流れる。

高校生の頃か大学生の頃か忘れたが、ふと「もーん」ってなんだったんだろう? という疑問が芽生えた。わたしは考えた。あれは、四つん這いで人に尻を見せるポーズである。そして、ひらめいた。

自信たっぷりに、わたしは母に言った。

「お母さん、昔よく言ってた『もーんして』って、あれさ、肛門の『もーん』のこと?」

母は、わたしの下世話な発想に呆れたように言った。

「は? 四つん這いが牛のポーズだから『モー、して』って言ってたのよ。子どもに犬をワンワンっていうのと一緒で、牛のポーズしなさいって意味」