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メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

新聞との蜜月

よしなし

子供の頃、というか小学生から高校生くらいまで、姉とよく新聞の取り合いをしていた。我が家は両親と姉とわたしの4人家族で、出勤の関係上朝の生活時間帯がずれる父がまず最初に新聞を読んでいた。その後、1紙しか取っていない「大分合同新聞*1を、同じ時間に食事し身支度し家を出るわたしと姉が取り合う。といっても3つの年齢差は大きく、優先権はまず姉にある。姉がゆっくりじっくり新聞を読んでいると、わたしは手持ち無沙汰だし、自分の読む時間が削られるしで、気が気ではない。ときに堪忍袋の尾が切れるのである。

今ならば、字が読みたければインターネット経由でいくらでも、様々な文章を入手することができる。しかし振り返れば、1990年代前半まで、一般家庭で手に入る「活字」といえば新聞、ちらし、書籍に限られるのだった。姉は歩きながら本を読んで近所で噂になるような子どもだった。そんな姉と一緒に留守番していると、本ばかり読んでかまってもらえないので、結局暇を持て余したわたしも活字で気を紛らわすようになった。結果立派な活字中毒の姉妹ができあがり、新聞やちらしすら取り合うようになったというわけだ。椎名誠に『もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵』という小説があるが、活字のリソースが限られていた*2当時、我ら姉妹はそれに近い状況にあったのかもしれない。

新聞を巡って醜い争いを繰り広げる姉妹を見かねて、気の短い母が怒鳴る。

「新聞で喧嘩するなら、自分たちのお金でもう1部取りなさい!」

人に話すと笑われるのだが、我が家では実際、しょっちゅうそんなやり取りが行われていたのだ。

今となっては、わたしは新聞を取っておらず、ニュースはインターネットと、重要そうな記事だけ職場で拾い読みしている。実家に帰っても、新聞受けに夕方まで新聞が入ったままになっていることが少なくない。

今では笑い話となった姉とわたしのくだらない喧嘩。しかしあの頃がわたしたちと新聞の蜜月だったのだろう。

*1:ちなみに高校時代の英語の先生はこの新聞を「トイレ新聞」と呼んだ。地方紙独特のローカル記事が多く「トイレに入っている間に読み終わるから」とのことで、実際中高生時代のわたしは「朝日新聞」や「読売新聞」といった都会の香りのする新聞を取る家庭にずいぶん憧れたものだ。

*2:子どもの身では無尽蔵に本が買えるわけでもない。