読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

メトロガール

あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?

鹿島茂『衝動買い日記』、文学者の小市民的物欲に笑って共感

本のはなし

 

衝動買い日記 (中公文庫)

衝動買い日記 (中公文庫)

 

鹿島茂氏の書いたものはANAの機内誌「翼の王国」連載の「稀書探訪」を機上で読む程度であり、氏への印象も「フランス文学者で古書収集家」程度のざっくりとしたものだった。

そう、「フランス文学者で古書収集家」。

このような人物の「衝動買い日記」と言われて思い浮かべるのは「書籍、アンティーク、絵画」等の高尚なものだった、と言ったら想像力が貧困だと笑われるだろうか。まあ、笑われたところで実際にそうだったのだからしょうがない。

ところがどうだ、冒頭からして氏がいかに折込チラシを読むことが好きかが切々と記され、続いて熱く語られる物欲の対象が「腹筋マシーン」である。腰砕けとはまさにこのこと。そして、この本を読むにあたって構えすぎていたわたしの予断もガラガラと崩れ落ちた。

知的でハイソな文学者は、もちろん稀書やアンティークやワインを求めもするのだけれど、本書で語られる中には「ふくらはぎ暖房機」「猫の家(布製の猫ちぐらのようなもの)」「体脂肪計」「格安パックツアー」「毛沢東スターリン握手像」等々さらには下着に到るまで、庶民的なものやくだらないものも多い。そして、高尚か否か、高価か否かに関わらず、著者は至極平等に、全てのものを買うにあたって小市民的に悩み、躊躇し、最終的に物欲に負ける。その様にいちいち「これはいいな」と共感したり、「いや、これはないでしょ」とツッコミを入れたり、ついつい感情移入してしまう。「どんなものでも、それがフランスのグッズだというだけで、幸せになる」という記述に至っては、フランス文学で身を立てる文学者ですら、パリに憧れ仏語を習い始めたオリーブ少女(※死語)のようなミーハーさを持っていることに、頬の緩みを堪えることができない。

が、物欲の前に揺らぐ心には非常に親近感を覚えるのに相反して、(高額な買い物はほぼ古書のコレクションだろうとは推測するものの)大量のクレジットカードどころかサラ金会社のキャッシングカードまで所有しているとの浪費家リアリティに溢れる記述には他人事ながら不安になってしまう。コレクター気質とは、なかなか難儀なものであるらしい。しかも、物欲が強いことを自覚していながらケチな部分もあり、だからこそ最初から一番良いものを買わず、『試しに』類似の廉価品を買ってみては最終的に(一番良い物が欲しくなり)より多くの金銭を払うという滑稽かつ「あるある」な行為を繰り返す。

象牙の塔の住人が、意外と庶民的であることを知れた下世話な喜びもあるのかもしれないが、ずいぶん昔に感想を書いた野崎歓赤ちゃん教育』といい、どうもわたしは文学者がうんちくと自嘲ないまぜに語るエッセイに惹かれるようだ。